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「忘れ鼻」とは? – 曖昧さに込められた、日本文化
監修医師
MSA美容外科 院長モレロ オースティン誠
1989年、アメリカ生まれ。10歳より沖縄で育つ。日本とアメリカ、双方の文化や価値観に触れてきた経験を生かし、患者様一人ひとりが持つ異なる美意識や希望を尊重した診療を大切にしています。日本語・英語の両方で診療を行い、国内外の知見を取り入れながら、自然で長期的な美しさを目指した美容医療を提供しています。大手美容外科にて約8年間、美容外科・美容皮膚科診療に携わり、2024年にMSA美容外科を開院。
略歴
2018〜2024年 大手美容外科沖縄院 院長
2024年 MSA美容外科 開院
資格・所属学会
日本美容外科学会(JSAS)認定専門医
日本美容外科学会(JSAS)正会員
日本美容外科学会(JSAPS)関連会員
The Rhinoplasty Society 海外会員
American Academy of Cosmetic Surgery(AACS)正会員
日本美容皮膚科学会 正会員
日本美容外科医師会 正会員
「忘れ鼻にしたい」
美容医療のカウンセリングをしていると、患者様から「忘れ鼻にしたい」という言葉を聞くことがあります。
ただ、「忘れ鼻」ってなんなんでしょうか?
鼻筋が何mm高ければ忘れ鼻なのか。
鼻先が何度なら忘れ鼻なのか。
小鼻の幅がどれくらいなら忘れ鼻なのか。
聞く人によって、回答は違うかもしれません。
もしくは、患者様によって違うとか…?
それでも、多くの人がこの言葉を使います。なぜでしょうか?
ここでは、「忘れ鼻」の言葉の語源を探求するのではなく、実際の使われ方についての感覚的な部分に触れたいと思います。
私は最近、この「忘れ鼻」という言葉は、単に鼻の形を表しているのではなく、かなり日本語的な心理表現なのではないかと考えるようになりました。
日本語には「曖昧に伝える」言葉がたくさんある
たとえば、日本語の会話では「ちょっと」という言葉をよく使います。
「ちょっと考えてみます」
「ちょっと難しいですね」
「ちょっと気になります」
この「ちょっと」は、本当に「少し」という量を意味しているとは限りません。
ときには、
「今すぐ決めなくてもいい」
「重く受け取らないでほしい」
「まず試しに」
「うまく言えないけれど」
「こちらの意図を汲んでほしい」
といった意味まで含んでいます。
言葉を厳密にするのではなく、あえて少し曖昧にすることで、相手に余白を渡しているわけです。
「少し」
「難しい」
「いいですねぇ」
「なんとなく」
こうした言葉も似ています。
日本語では、自分の考えをすべて言葉にして相手へ渡すのではなく、ある程度まで伝えたところで、残りは相手に汲み取ってもらうというコミュニケーションがよくあります。
「忘れ鼻」も、「ちょっと」と同じような言葉なのかもしれない
患者様が「忘れ鼻にしたい」と話すときも、実際には具体的な鼻の形を頭の中で完成させているとは限りません。
むしろ、
「鼻だけ目立つのは嫌」
「いかにも整形した鼻にはしたくない」
「顔に自然に馴染んでほしい」
「なんとなく綺麗になりたい」
「でも、何をどう変えたらいいのかは自分では分からない」
そうした複数の感覚を、まとめて「忘れ鼻」という一言に預けていることがあります。
つまり「忘れ鼻」は、
理想を固定しすぎず、感覚だけを相手と共有できる便利な言葉
なのかもしれません。
そして、もう一つ重要なのは、
「私は何をどうしたらいいのか分からないので、そこは先生にうまくまとめてほしい」というニュアンスです。

そう、患者様は言語化できません。そもそも美容の言語化はめちゃめちゃ難しいです。
「Tipを高くしながら、upward- rotationを加え、Supra-tip break を少し作って、できればコルメラも今よりは尾側にも伸ばしたい」と言ってくる患者様はおりません。むしろ、そんな患者様がいたら、ビックリします。
今の鼻には不満がある。だけど、いきなりバキバキの鼻にはしたくない。
だから、「とりあえず」顔にまとまるような、綺麗な鼻にしたい、というコミュニケーションツールだと思うのです。
これは決して患者様が考えていないという意味ではありません。
むしろ逆で、「顔全体として、なんとなく自然に綺麗になりたい」という、より大きな希望を持っているからこそ、具体的なパーツの指示に落とし込めないのです。
その具体的なパーツ、言語化をするのが、美容外科医の仕事なのです。
「綺麗な鼻」と「忘れ鼻」は少し違う
「綺麗な鼻にしたい」という言葉では、評価の中心は鼻そのものにあります。
鼻筋が通っている。
鼻先が整っている。
横顔が美しい。
一方、「忘れ鼻」という言葉では、鼻単体の美しさよりも、顔全体との関係が重要になります。
鼻は整っている。でも、鼻だけが目に入ってこない。
顔を見たときに「鼻が綺麗な人」という印象よりも、「なんとなく顔全体が綺麗な人」という印象が残る。
言い換えるなら、
鼻を綺麗にすることが目的なのではなく、鼻のことを考えなくて済む顔にする。
これが「忘れ鼻」という言葉が指している「感覚」に近いのかもしれません。
「WASURE BANA」という、ひとつの回答
そして、この曖昧だった「忘れ鼻」という感覚を、最初にひとつの共通言語として外科的に落とし込んだものが、2024年のWorld Rhinoplasty Dayで山脇孝徳医師・斎藤医師・長尾医師らTEAM JAPANが発表した「WASURE BANA」だったのではないかと思います。
従来の鼻形成では、どうしても「鼻そのもの」をどう高くするか、どう細くするか、どう鼻先を出すか、という考え方が中心になりがちでした。
しかし、山脇医師らが注目したのは、その前段階です。
そもそも、その鼻は顔のどこから、どのように立ち上がっているのか。
鼻は顔から独立して存在しているわけではありません。
鼻は中顔面の中央に位置しています。その中顔面との関係を考えず、鼻だけを突然大きくしたり、高くしたりすると、たとえ鼻単体としては整っていても、顔の中では急に「鼻だけが強い」という状態になり得ます。
つまり、鼻そのものを綺麗にすることと、その顔の中で鼻を綺麗に見せることは、必ずしも同じではないのです。

(山𦚰医師・斎藤医師・長尾医師の提唱したWASURE BANA)
そこで山脇医師らが提示したのが、鼻先だけに無理に高さを加えるのではなく、鼻の土台となる鼻翼基部や鼻柱基部を含めて前方へ整え、そのうえで鼻自体にも必要な増大を加える、という考え方でした。
いわば、鼻先だけを「引っ張り出す」のではありません。
鼻が顔面から自然に立ち上がるための土台そのものを整える。そうすることで、鼻先に過剰な高さや強い投影を与えなくても、鼻全体が顔の中で立体的に見えてくる。そして結果として、その人の骨格に合った大きさのまま、鼻の形を整えることができる。
私は、この考え方は実にスマートだと思います。
「忘れ鼻」という言葉に対して、
「では、目立たない鼻を作りましょう」
と答えたわけではないのです。
そうではなく、
なぜ鼻が目立って見えるのか。
なぜ鼻だけが顔から浮いて見えるのか。
そもそも鼻は、顔のどこに存在すべきなのか。
というところまで一度戻って考えている。
鼻を絶対的な存在として捉えるのではなく、顔の中での相対的な存在として捉える。
私はここに、「WASURE BANA」というコンセプトの本質があるように思います。
だからこそ、「忘れ鼻」をキャッチコピーにはしたくない
ここで、私自身が大切にしていることがあります。
私はこれまで、「忘れ鼻」という言葉をSNSの宣伝や治療のキャッチコピーとして使ったことがありません。
それは、この言葉が非常にキャッチーだからです。
キャッチーな言葉は、複雑なことを一瞬で伝える力があります。一方で、その強さゆえに、言葉だけが独り歩きする危険性もあります。

医師の間では、「忘れ鼻」が指し示す美的概念について、少しずつ共通した理解が形成されつつあります。中顔面との連続性を持ち溶け込み、鼻先が洗練されているというなところでしょう。
しかし患者様の側では、その意味は必ずしも一つではありません。
SNSなどを通じて言葉が広がる過程で、
「小さな鼻」
「存在感のない鼻」
「鼻筋の細い鼻」
「自然な鼻」
「整形感のない鼻」
など、それぞれの解釈が加わり、さらに枝分かれしていきます。

もともと輪郭の曖昧な言葉が、使う人それぞれのイメージによって再解釈され、別の意味をまといながら発展していく。
私は現在、「忘れ鼻」という言葉には、そのような状態も起きているように感じています。
だからこそ、医師がこの言葉を使うときには慎重であるべきだと思っています。
「忘れ鼻にします」
「忘れ鼻を作ります」
と掲げてしまえば、あたかも一つの決まった形や治療法が存在するかのように受け取られる可能性があります。
しかし、本来はそうではありません。
美容医療では、曖昧な言葉をそのまま受け取らない
ただし、美容医療を行う側としては、「忘れ鼻ですね。分かりました」で終わるわけにはいきません。
なぜなら、「忘れ鼻」という言葉から思い浮かべる形は、人によって違うからです。
とくに一般人である患者様がそれを使うときは、いろいろなSNSから情報を切りはりしてきますので、それを鵜呑みにするわけにはいきません。
ある人にとっては鼻筋の存在感を弱くすることかもしれません。
ある人にとっては鼻先を自然に整えることかもしれません。
ある人にとっては小鼻の広がりを目立たなくすることかもしれません。
あるいは、鼻そのものではなく、額や口元、顎とのバランスを整えることで、鼻が気にならなくなることもあります。

だから診察では、「忘れ鼻とはどんな鼻ですか?」と定義を聞くより、
「今、自分の鼻のどこが気になりますか?」
「どこが変われば、鼻のことを意識しなくなりそうですか?」
と考えていくことのほうが重要です。
「何をどうしたらいいか分からない。でも、なんとなく自然に綺麗になりたい」
その曖昧な希望を受け取って、顔全体を見ながら具体的な治療へ翻訳していく。
それも、美容外科医の仕事の一つだと思います。
「忘れ鼻」は、形ではなく感覚を伝える言葉
「忘れ鼻」という言葉に、明確な定義はありません。
だからこそ、多くの人が使いやすいのかもしれません。
理想を細かく決めすぎず、説明しきれない部分を残し、「この感じを、うまくまとめてほしい」と相手に委ねる。
日本語の「ちょっと」や「なんとなく」と少し似ています。
そして、その曖昧さの中には、
「目立つ鼻になりたい」のではなく、「鼻を気にせず、自分の顔を好きになりたい」
という、とても自然な希望が隠れているのかもしれません。
参考文献
PEPARS No.233, pp.122–126
「忘れ鼻はどこから? 言葉で探す鼻の理想」
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