技術を囲い込むより、次の世代へ渡すということ

監修医師

モレロ オースティン誠

MSA美容外科 院長モレロ オースティン誠

1989年、アメリカ生まれ。10歳より沖縄で育つ。日本とアメリカ、双方の文化や価値観に触れてきた経験を生かし、患者様一人ひとりが持つ異なる美意識や希望を尊重した診療を大切にしています。日本語・英語の両方で診療を行い、国内外の知見を取り入れながら、自然で長期的な美しさを目指した美容医療を提供しています。大手美容外科にて約8年間、美容外科・美容皮膚科診療に携わり、2024年にMSA美容外科を開院。

略歴
2018〜2024年 大手美容外科沖縄院 院長
2024年 MSA美容外科 開院

資格・所属学会
日本美容外科学会(JSAS)認定専門医
日本美容外科学会(JSAS)正会員
日本美容外科学会(JSAPS)関連会員
The Rhinoplasty Society 海外会員
American Academy of Cosmetic Surgery(AACS)正会員
日本美容皮膚科学会 正会員
日本美容外科医師会 正会員

11月6日、沖縄で開催される日本美容外科学会(JSAPS)の特別企画「沖縄の美容外科の群像」にて、発表する機会をいただきました。

何を話そうか、一年近く考えています。

沖縄の美容外科について。
自分自身のこれまでについて。
地方で美容外科を続けることについて。

いろいろなテーマが考えられますが、その中で一つ、以前から強く感じていることがあります。

それは、専門家は、権威であること以上に、知識と技術を次の世代へ伝える存在であってほしいということです。

美容外科は「教えにくい」

美容外科は、技術そのものが医師の商品価値につながる世界です。

手術方法、デザイン、細かな工夫。長い時間をかけて身につけたものを人に教えれば、数年後には、その相手が自分の競争相手になるかもしれません。

だから、自分の技術を簡単には教えたくない。その考え方は理解できます。

実際、技術の習得には、本人が時間もお金も費やし、多くの失敗や試行錯誤を重ねています。

「なぜ、それを簡単に人へ教えなければならないの?」

そう考えるのも、ある意味では自然なことです。

ただ、それだけでは業界はなかなか前に進みません。その間に、他国に先を越されてしまうかもしれません。

国内の需要は伸びている。美容医療の台頭が、それを物語っています。

あとは、供給側の質を担保し、過不足を調整していくこと。そう考えているのは、私だけではないと思います。

日本の美容医療が歩んできた歴史

美容外科の「教えにくさ」には、日本での歴史的な背景もあると思います。

戦後の日本では、美容医療がタブー視されていました。今では少なくなりましたが、そうした見方が根強く残っているところもあります。

そのため、美容医療を提供する医師は、ある意味、表舞台から距離を置いた存在、アングラでした。

名前も顔も出さない。
技術は口伝の秘にとどめる。
術後の対応も、自分たちの中で完結させる。

そうした環境では、外部に向けて技術を教える文化が根付く土壌も、ほとんどなかったのでしょう。

日本の美容外科のstartは、十仁病院

米国では、「plastic surgery」という言葉を聞くと、一般の方は「美容整形」をイメージすることが多いと思います。日本でいう、再建などを中心とした「形成外科」を思い浮かべる一般人は、むしろ少ないのです。

それは美容外科が、米国のplastic surgeryの主要な領域の一つとして位置づけられているからで、美容外科をやるために、形成外科医になるのがアメリカでは普通なのです。

一方、日本では、「形成外科」という言葉から「美容整形」をイメージする方は、まだまだ少ないと思います。

その背景には、日本の形成外科が、美容医療をタブー視する時代を歩んできた歴史もあるのでしょう。美容外科へ進むことで、「破門」のような扱いを受けるところもあったくらいですから…。

しかし、今の「令和」。

時代が変わり、日本が豊かになるにつれ、医療に求められる役割も、病気の治療や延命に加えて、QOLの改善へと広がってきて、その代表格が美容医療です。

歯科医療は、その分かりやすい例だと思います。

戦後、衛生状況が十分ではなかった時代には、虫歯が大きな問題でした。その後、衛生状況の改善とともに虫歯が減り、歯科医療でも、矯正やホワイトニングなど、見た目を整える治療の存在感が増してきました。

では、なぜ今、日本の美容医療では、医師同士、診療科同士の摩擦が起こりやすいのでしょうか?私は、その一因に、専門領域の境界があると思っています。

歯科にも、矯正歯科、小児歯科、口腔外科などの専門分野があります。ただ、その土台には「歯科」という共通の基盤があります。虫歯の治療から審美的な治療へと診療を広げても、基本的には同じ「歯の枠組み」の中での変化です。

一方、医師の世界は、診療科ごとに専門分野が細かく分かれています。

その中で、美容医療は複数の専門領域にまたがります。形成外科、皮膚科、眼科、耳鼻科など、それぞれが専門としてきた領域と重なりながら、さまざまな背景を持つ医師が参入する。

専門領域の重なりから生まれる摩擦は、必要な議論を促すこともあれば、不毛な争いへと発展することもあります。

共通言語が未完成

シャチという動物がいます。

特に、魚を主食とするシャチは、母親を中心とした家族との結びつきが強く、群れごとに独自の「方言」のような鳴き声を受け継いでいます。同じシャチでも、育った集団によって、共有している文化やコミュニケーションのあり方が全く異なるのです。

野生のシャチは、仮に海で集団同士が出会ったとしても、決して交わらないし、お互いを無視するそうです。

そのため、水族館などで捕獲されているシャチは、バラバラの集団からの寄せ集めのため、喧嘩をするそうです。場合によっては、衰弱死するまで死闘を繰り返すこともあることも。  言葉が通じないから。

私は、日本の美容医療にも、これに似たところがあると思っています。

形成外科、皮膚科、眼科、耳鼻科、直美など。それぞれで、異なる教育や文化のもとに育った医師たちが、美容医療という一つの場所に集まっている。

同じ言葉を使っていても、その背景にある前提や価値観まで同じとは限りません。自分の集団では当たり前だったことが、別の集団では当たり前ではない。そこに、議論がかみ合わない大きな理由の一つがあるのでしょう。

日本の美容医療は、需要が急速に広がる一方で、その担い手同士の共通言語が、まだ十分に育っていないのだと思います。

小さい集団の内側だけで技術や考え方を受け継ぐのではなく、他者にも教えれるように共通言語をつくっていくのだが最大の課題だと思います。

日本の医療

私が幼い頃、アメリカの病院のホームページで、大腸がんの5年生存率を示し、「当院は平均を上回っている」といった内容を目にした記憶があります。

医療機関が自らの治療成績を示し、患者に選ばれるために競争する。その姿が印象に残っています。

日本の保険診療では、こうした発信を目にする機会は、ほとんどありません。

日本でも治療成績は公表されたりはしていますが、それを積極的にアピールすることには、制度上の制約があり、一般の方にはあまり情報は行き届きません。また、倫理的にも、医療を商売として前面に出すべきではないという風土があります。

病院が「商売繁盛」を掲げることが、病気やけがをする人が増えることを望んでいることになるので、それはやっては行けませんよね?

こうした背景から、患者さんには病院ごとの違いが見えにくく、どの病院も同じように医療を提供する社会インフラとして捉えられやすい。

そして、その社会インフラの中で「誰に診てもらいたいか」を考えるとき、治療成績や具体的な技術よりも、「教授」「院長」「部長」といった肩書きが、信頼や期待の拠り所になります。

実績が見えにくい世界では、肩書きが判断材料になる。それも、自然な考え方です。

さて、その感覚をそのまま美容医療に転写したらどうなるか?

自らの技術や成果を発信し、患者さんに選ばれることを強く意識したホームページやSNSでの活動。

社会インフラとして捉えられてきた医療とは、全く異なる姿。

違和感しかありませんよね?

誰かが教えてくれたから、今の自分がいる

考えてみれば、私たちが現在行っている手術のほとんども、誰かが考え、誰かが発表し、誰かが後輩へ伝えてきたものです。

直接教えてもらったわけでなくても、教科書、論文、学会発表、手術見学を通して、その積み重ねを受け取っています。

自分一人でゼロから鼻中隔延長を考案したわけでもなければ、フェイスリフトに必要な解剖を明らかにしたわけでもありません。

先人が残した知識の上に、全ては成り立っています。

だからこそ、自分が得た知識も、そこで止めずに、その次へ渡していく。

その循環が必要なのだと思います。

ただ、そこで必ずぶつかる問いがあります。

「若手を育てることは、ライバルを育てることか?」

確かに、短期的に考えれば、そうかもしれません。

自分が技術を教えた若手医師が、数年後、近くで開業するかもしれない。

経営だけを考えれば、知識を囲い込んだ方が合理的に見えることも、理解できます。

ただ、10年、20年という時間軸で見ると、かなり違う景色が見えてきます。

優秀な若手が育つ。
そこにまた優秀な人が集まる。
議論が生まれる。新しい技術が生まれる。

そして、その地域や国の医療水準そのものが上がっていく。

これは、一人の医師が持っている技術よりも、ずっと大きな財産です。

アメリカをはじめとする海外では、所属する病院だけでなく、「○○医師に師事した」と経歴に記されていることがよくあります。

医療の責任が最終的には医師自身にあること、そして、技術を受け継ぐ関係が大切にされていること。私はそこに、医療業界の成熟を感じます。

日本でも、保険診療ではこうした記載をちらほら見かけますが、美容医療では、まだ目にする機会が少ないように思います。

これからは、「誰に教わったか」より「誰を育てたか」

医学の世界では、どこの大学出身か、どこの医局に所属しているかが語られることがあります。

いわゆる、バックグラウンド。

ただ、これからは、「誰から教わったか」だけでなく、「誰を育てたか」

がより評価される世界になっていくのではないかと思います。

要するに、次の世代に何を残したか。

技術を囲い込むより、教える。育てる。新しい考えを受け入れる。
そして、間違っていれば、徹底的に議論し、軌道修正する。

それをできる人の周りには、自然と優秀な人が集まっていくのです。

個人的には、ヴェリテクリニックの福田先生などが、それを体現していると考えています。

若手とも、異端児と呼ばれる医師とも、積極的に議論を重ね、ともに考えていく。アメリカでの留学歴と長年の経験が、そうした考え方を形づくっているのでしょうか?尊敬します。

YOUR FACEクリニックの山𦚰先生にも、同じような姿勢を感じます。教育に関しての理論があり、それをわかりやすい言葉に落とし込めます。PEPARSでの下眼瞼の解剖の執筆を読んでいると、なぜか頭が良くなった気がしました。それだけ「伝える力」が優れているのです。

これから美容の業界でも、このようにに好循環をもたらしてくれる医師がもっと増えるのではないか?

そして、それがもっともっと評価され、業界を押し上げてくれるのではないか?と願っております。

沖縄から何を残せるのか

私は、まだまだ誰かに「教育」を語れるほど長いキャリアを持っているわけではありません。

むしろ、自分自身も、多くの先生方から学んでいる途中です。

だからこそ、今の段階から意識しているのです。

自分が知ったことは伝える。
自分が考えたことは発表する。
違うと言われたら議論して、教えを乞う。
良い考えがあれば、年齢や立場に関係なく歓迎する。

そして、美容外科の発展のために貢献をする。

ちょうど先日、私たち、モレロと浅野医師が考案し、実際の鼻形成術で行ってきたDual-Strut Tip Supportについてまとめた論文が、米国形成外科学会の国際誌PRS Global Openにアクセプトされました。

沖縄の小さなクリニックで日々行っている工夫であっても、論文として世界に発信することはできます。

そして、発表した以上は、世界中の医師から検証され、批判され、さらに改良されていく。

私は、それでいいと思っています。

技術は、自分だけのものとして抱えている間よりも、外に出し、議論され、次の人に使われたときに、初めて医学の財産になる。沖縄からでも、世界に残せるものはある。

11月6日の発表では、そんなことも含めて、自分がこれからこの場所で何を残していきたいのかを話せればと思っていますが、このコラムを書き出してから、さらに混乱してしまっております笑

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